2009年8月アーカイブ

情のある政治を!

平成21年8月30日は、歴史的な1日となった。民主党圧勝、自民党惨敗。今後、日本が躍進するような政治を期待したいものです。
小沢一郎氏の父・小沢佐重喜氏も政治家でした。私の父・鈴木八五平は当時の岩手県で小沢派に属しており、親密な関係にありました。
昭和43年(1968年)に、小沢佐重喜氏が死去したときのことを子供心に覚えています。
死去に伴い行われた、衆議院旧岩手2区選挙のことです。岩手県の気仙地区から代議士が出たことがないので、この選挙に私の父を立候補させる話です。自民党はもちろんのこと、気仙地区の有力者などが私の自宅に毎日のようにおしかけ、父を説得しました。
最後の最後まで、父の説得が続きましたが、父は断りました。その結果、小沢一郎代議士が誕生しました。
その理由は、師と仰いだ小沢佐重喜氏の遺言にありました。父が見舞いに行ったときに、「一郎を頼む」と言われたことです。この当時のことは「鈴木八五平追悼録」に詳細に記載されています。
昭和51年(1976年)に大船渡市長だった父は他界しましたが、その前にこのときのことを聞いてみました。当時、父は代議士になりたかったようです。しかし、師との約束を果たすために小沢一郎氏を代議士にすることで、義理を果たしました。「一郎氏も立派になった」と、後悔はしていないとのことでした。
葬儀は市民葬として行われ、国会期間中だったので、葬儀にはほとんどの代議士夫人に参列していただきました。その後も、大船渡に代議士の先生方が来たときに、自宅にご焼香にきていただきました。小沢一郎氏だけ、いまだにご焼香に来ていただけないのは残念です。
当時の小沢氏の秘書は、「まだ若くて、情のなさや、人への思いやりが足りない。あとは、義が欲しい」と言っておりました。真意はわかりません。
これから、民主党政治になります。お願いですので、国民に情のある政治をお願いしたいと思っています。

菊池雄星投手

岩手の星、花巻東高等学校の菊池雄星投手ですが、夏の甲子園大会でも2回戦を突破。20日に東北高校と対戦することになった。実は、菊池雄星君の出身地は盛岡市で、私の自宅の隣に住んでいます。
昨日のニュースZEROで特集をやっていたが、昔のキャッチボールの風景が映し出された瞬間、私の家の塀が映し出された。
昔のエピソードに、キャッチボールをしていた雄星君の球が、私の家の鉢を直撃して、壊れたことがありました。お母さんが新しい鉢を買ってきてくれたことを思い出します。
甲子園でもコントロールが悪くなると、当時のことが思い出されます。
中学時代は、私が仕事から帰ってくる頃に、毎日のように素振りをしていました。すごい努力家で、今の菊池雄星投手はその当時の努力があったからだと思います。
学校がインフルエンザで休校、すぐに自宅に戻ってましたが、歩いていると身長が高いので、すぐにわかりますね。
彼女なんかいるのでしょうか?一緒に歩いているところは見たことないですね(笑)。

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